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5. なぜ設計者自身が評価するのは難しいのか?
- Why People Cannot Review One's Products Strictly?


古田 一義
2001年06月05日

毎度、間が空いてすみません。

今回は、繰り返し書いているように「設計者自身による評価は難しい(甘くなりがち)」ということ関連して、認知科学の知見を紹介しながら、少し詳しく掘り下げてみようと思います。

σ(^^)が考えるに、大きく3つの理由が挙げられると思います。それは、 「自分の成果物を壊すことへの抵抗」、「慣れによる感度の鈍化」、「状況の違い」です。

○自分の成果物を壊すことへの抵抗

認知科学では、頭の中の思考を外に出す(外化する)ことで、考えがまとまったり、違った角度からの視点が生まれたりする現象に注目をしています(そういうことってありますよね?)。ここでいう外化とは、声に出してしゃべってみることだったり、ノートに書き出してみたり、といったことです。このメカニズムは完全に解明された訳ではありませんが、様々な研究によって、いくつかの有力な仮説は提示されています。

 そのひとつが、「人間は自分の成果物を壊す(批判したり作り直したりする)ことへの抵抗があり、外化によって成果物を『他者』に見立てることでその抵抗を軽減できる」というものです。σ(^^)が大学院時代に在籍していた研究室ではこの考えを元に、人が普段頭の中で処理してしまう思考をどうにかして外化させることで客観的な視点から見直す(再吟味)ことを促すソフトウェアツールをいくつか開発していました。

 言うまでもなく、ここで言う「成果物」には「自分の設計した製品」も含まれます。自分(達)の設計した製品は、例え上記の「抵抗」に関する知識や自覚があろうと(ないよりはあった方がマシですが)、どうしてもどこかの時点で「これで充分だ。考えられる要素はすべて検討した。」と感じて吟味を止めてしまうのです。そしてそれは常に今までの苦労の過程を知っている本人の方が、知らない人の評価よりも甘くなってしまうのです。

○慣れによる感度の鈍化

いきなりヘンな話ですが、他人の部屋にあがるとその部屋独特の匂いを感じることってありませんか?だいたい誰の部屋にいっても必ず何かしら独特の匂いを感じるのに、自分の部屋ではそれがありません。世界中で自分の部屋だけが無臭なのでしょうか?そんなはずはありません。自分の部屋はその匂いを嗅ぐ頻度が高いために感覚が麻痺しているのです。

 自分の設計した製品に対する「難しさ」の感度も同じように麻痺してしまいます。ある操作がわかりにくい、煩雑だと思っていても、毎日いじっているうちにいつしかそれが当たり前で自然なことであるかのように慣れていってしまいます。

 もちろんユーザだって毎日使ってりゃ慣れるということだから問題ないんでないの?という意見もあると思います。その通りです。人間誰しもたいていのものは使っていれば慣れてしまうものです。「使っていれば」の話です。開発に携わる人は否応なく使い続けるしかありません。しかい自由意志に基づいて製品を購入したユーザは、それを使い続ける以外に、「この製品は使い物にならない」と決めつけて使うことを諦めてしまうという選択肢もあるのです。そして次からは同じメーカーの製品を選ばないという選択肢も。

○状況の差異

人間の認知活動はその場の状況で目まぐるしく変化するということが、認知科学の研究成果からわかってきています。

 古い認知心理学の実験で次のような結果があります。

 被験者にある家に関して記述された文章を読ませます。その時にある群は家のセールスマン、別の群には泥棒になったつもりで読んでもらいます。後で文章の内容について思い出せることを列挙してもらうと、セールスマンのつもりで読んだ人達は、日当たりだとか間取りに関すること、泥棒のつもりの人達は裏口に窓があるとかいったことの回答率が高くなったのです。

 まったく同じものを見たり聞いたりしても、人間は自分の置かれた立場や周囲の状況、既有知識によって、理解や記憶の内容に差異が出てきてしまうということを実験的に示唆したのです(この結果に違和感を感じる人はいないのではないでしょうか?)。

○これらを回避するために

これまで見てきたように、人間はわかっていても自分で作り上げた成果を客観的に再吟味し、批判し、作り直すことが苦手な存在です。道具の設計の場で、この弱点を克服するにはどうしたら良いのでしょう?

 もちろん基本は他人の目で評価することです。それも、実際のユーザにとって使いやすいものにするには、実際のユーザに視点で評価することが望ましいと言えます。また、実際のユーザに評価を依頼できたとしても、評価する状況が、実際の利用状況とかけ離れていてはその認知(→結果として評価内容)は妥当性の低いものになってしまいます。すべての条件を満たした評価工程を開発プロセスに取り入れるのは難しいでしょうが、なるべく実際のユーザに近い立場、属性の人に、実際の使用場面に近い状況下で評価をしてもらうことを目標に計画をしてみてはいかがでしょうか?


最後に、σ(^^)の書いている文章も、σ(^^)なりに有意義でわかりやすいものを目指して書いているつもりですが、上記のような理由でどうしてもその再吟味には限界があります。端で見ていて、ここは言ってることがおかしいんじゃないの?よくわからないよ、ということがあればどんどん指摘していただければ幸いに思います。


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