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4. 専門家評価眼とツッコミ体質
〜 他者の視点からの解釈が多様化する可能性の吟味
- "Tsukkomi" makes the world happy?


古田 一義
2001年04月10日

 今回は少し気楽なお話をしましょう。短時間で効率良く問題点抽出ができるインスペクション法。その欠点は設計者本人がなかなかユーザの視点から客観的に製品を評価することが難しいというところにあります。我々は業務で専門家評価を行います。これにしても、開発者本人じゃない分だけ彼ら自身よりは客観的に評価できるという点が大きく、我々自身が設計する場合には、別途外部の視点での評価なしにいきなり使いやすいものが出来上がるということは考えにくいです。つまりインスペクション評価能力を商売道具にする我々であっても、(そりゃ、見つかった問題点を理論的に説明できるユーザインターフェイス全般の知識はそれなりに持っているにしても)問題点発見の眼力そのものはそう特殊なものではないと思います。使いやすい道具を見極めるということは、ちょっと興味をもって解像度を高めた見方をすれば、案外誰にでもできることではないかと思うのです。今回はそういう、ともすれば自分の仕事を失うかも知れないようなアヤウイ話題に触れてみたいと思います。

 我々はこの「道具の使いやすさを見極める眼力」のことを道具眼と名付けました。しかし、その本質はどこにあるのか、どうやったら上手く発動できるのか、といったことはまだほとんどわかっていません。先にも少し書いたように、ある特定の人だけが持って生まれるような特殊な才能ではないでしょう。きっと誰もがほんのちょっと興味をもって眺めれば「視えて」くるんだと思います。我々が業務で評価をする時には、この「視えた」ものに対してクライアントが納得し改善する気にさせるようなウンチクを付加してレポートしなければなりません。まぁ、これには認知科学とか人間工学の知識があった方がやりやすいでしょう。でも一般に人がお店で使いやすい商品を選ぶのに、そういうウンチクなんていりません。自分にとって使いやすいと思われるものがなんとなく選べれば充分な訳です。これをするのに必要十分なだけの道具眼を身につけるための、ちょっとしたきっかけを提示する。これこそそがこのサイト、このプロジェクトの目標です。皆さんからのご意見なども伺いながら、なんとか形にしていければなぁ、と思っています。

 さて、とりあえずの叩き台として考えている考察を紹介してみたいと思います。それはズバリ、「道具の使いにくいところを指摘する眼力は、お笑い芸人の方達がツッコミどころを見抜く眼力と非常に近い性質を持っているのではないか?」という仮説です。いや、マジすよ、オオマジ。人間の認知ってのは非常に良く出来ていて、省略されていたり曖昧な表現からでも、その場の文脈などからおおよそ正確な解釈を行うことができてしまいます。一方で機械はそうは行きません。計算だけは速いけれど、融通が効かない。機械の側がそういう性質であり、当分の技術的改善が望めない以上、我々が曖昧さを排除した付き合い方をするしかありません。

 以前、テレビの深夜番組でココリコだったかが、トイレに「備え付けの紙以外は流さないで下さい」と書いてあったので、肝心なモノの方は流し(せ?)ませんでした、というネタをやっていました。そう、こういう表示には人間の持つ「常識」を前提にした曖昧さが残っているのです。たいていの人は常識から判断してココリコが言うような判断はしないでしょう。だからそのトイレが大惨事になることはありません。しかしこれが何か小難しい機械のインターフェイスやマニュアルの表記だったらどうでしょう?ユーザの側に適切な解釈をするだけの常識を期待することはできないかも知れません。つまり設計者はユーザの理解力を前提にした曖昧な設計や表記をしてはいけないのです。とはいっても大抵の設計者が意識的にそういったユーザ側の適応力を期待したデザインしている訳ではないでしょう。彼らにはそのシステムに関する「常識」がすでに頭の中にあるので、曖昧な設計をしても自分では間違いのない理解ができてしまうのです。だから他の人がそれを見て他の解釈をし得るということがなかなか感覚的にわかりません。まさにここにツッコミ芸人達の能力が活躍する余地があるのではないでしょうか。彼らだってトイレに肝心のモノを流しても良いという常識はあります。でもわざと穿った(?)見方で文章を読み返すことで、その文章が持つ多義性を吟味し、別の(面白い)解釈を取り出しているのです。インターフェイス設計にもこの能力を応用することで、ほとんどの人が問題なく解釈できるけれど、極まれに別の解釈をしてしまうかも知れない可能性を指摘できるはずです。そしてこれこそが、実際にユーザを使ってテストをしなくても、潜在的な問題点を事前に発見できるインスペクション法の基本思想なのです。またそういった設計者のための問題点発見手法としてだけでなく、一般消費者の皆さんが店頭で製品を選択する際にも使える能力、すなわち道具眼に通じるものがあると思うのです。

 我々はまだこの「ツッコミ」について充分な考察をした訳ではありません。これが道具眼のすべてだとも思っていません。でもこの視点を誰もが簡単に身につける方法論が確立できれば、買い物で失敗したり、使い方が難しい製品を開発してしまったりすることは確実に減らせるんじゃないかと思っています。そしてきっと多くの笑いが溢れる幸せな世界になるに違いありません(国民総お笑い芸人化(笑))。

 ポイントは、やはりこれがものの見方ひとつだということです。先の例で言えば、「備え付けの紙以外流さないで」という文章から、肝心のモノが備え付けの紙以外に該当してしまうという論理を理解できない人はほとんどいないはずです。つまりツッコミには別段高度な文章理解能力や論理的思考力は必須ではなく、一般的な国語力があればいいと思われます。必要なのは当たり前のことを当たり前だと聞き流さずに、ほんの少しイジワルな解釈をしてみよう、という視点とか態度なんではないでしょうか。そして多分そういう視点を引き出すことは、上記のような文章理解力そのものを身につけさせることに比べたら随分単純なことなのかも知れません。


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